業務改善の歴史とブロックチェーンが業務改善にどのように貢献するかの考察
はじめに
この3,4年、エンタープライズの世界において、ブロックチェーン(分散台帳技術)という新しい技術の活用可能性が模索されています。ブロックチェーンは一般に理解し難い概念であるため、この新しい潮流に過去からの連続性を感じられない人が多くいます。それがWhy blockchain?の議論を呼び起こしてきました。しかし、企業の電子化による業務改善の歴史を振り返ってみると、実はそれほど唐突な変化ではないことに気付きます。ブロックチェーン(分散台帳技術)は、長年、金融機関や事業会社が持ち続けてきた課題認識に対する一つの回答を提供します。そこで今回は、業務改善の歴史の中で、どのような課題があり、なぜブロックチェーン(分散台帳技術)が注目されることになったのかについて議論したいと思います。
1970s — 1980s 個別最適の時代
電子化による業務改善は、(ざっくり)単純作業・反復作業を取りまとめて一括計算・処理するところから始まります。電子化はこれまで個人単位で実施してきた作業を部署単位でまとめ、人手に頼らない一定の作業品質を実現しました。電子化のメリットは1) 簡単に書き換え出来る、2)コピー出来る、3)早く届けられるですね。何か業務処理をする際、紙を起こし、同僚・上司に見てもらって、加筆修正して、顧客に電話したり郵送したり…といった手作業を電子化し、情報をデータとして扱うことで、簡単に早く反復性を持たせた形で業務を回せるようになったという訳です。しかし、この段階での電子化はあくまで、個人や個別部署単位です。個別最適による業務効率化と言っても良いかもしれません。電子化されたデータを部内で共有することで、近場での業務は改善されましたが、物理的に離れている相手(社内も社外も)とのコミュニケーションコストは相変わらず高いままです。部門横断で業務プロセスは繋げるという発想は乏しく、サイロ化されたデータベースや管理システムが乱立する結果となりました。
1990s – 2000s 全体最適の時代
企業内ネットワークが普及することにより、電子化されたデータはより広範に共有され、さらにそのデータで部門間の業務を繋ぐワークフローという概念が導入されました。しかし、前の時代でサイロ化されたデータベースは、部門間で重複したデータやデータの二重登録作業といった新しい時代の非効率を引き起こしていました。つまり電子化の”デメリットの方”が表面化してきしまったのです。そこで次はこのような発想になります。「部門間を連携させ、社内情報を統合しよう!」ERP時代の幕開けです。多くの先進企業は、サイロ化された情報を一元管理し、さらに業種・業界ごとのBest Practiceと呼ばれる業務プロセスを適用し(ようと)ました(Best Practiceの適用は、「うちは他社と違う」問題を多発させましたが…)。ERPによる情報統合は、全社挙げての取組みとなり、各社かなり苦戦した歴史がありますが、事実として企業の業務改善を次の次元に引き上げました。全体最適が実現したと言って良いでしょう。
この時代のキーワードは何といっても「一元化」です。(ここから少し脱線します)私も前職、日立コンサルティングで仕事していたときに、「顧客マスターを一元化しましょう!」が口癖でした。社内でバラバラに管理されている”本来同じであるべき情報”は、異なる部署の誰が見ても必ず同じであるべきです。例えば顧客マスターの例だと、顧客の支店が引越した後、支店の住所情報が部署によっては古いままになっていたりします。この確認作業、訂正作業は、会社全体として表面化しない労働時間を消費します。ただ、物理的な統合は実際上困難なので、論理的一元化とか言いながら…
ともかくここで気付いておかなければならないのは、この情報統合の取り組みは全て社内(グループ内)で行われているということです。これはある程度の信頼関係のある人たちによる情報共有と言えます(ブロックチェーン業界の言葉に直すと)。では、最後に残る社外との情報共有はどうしましょう。
2010s — present 会社横断最適の時代
この流れに乗ると、「社外との情報共有も含めて、全て一元化してしまえばいいじゃないか!」と単純に思ってしまいます。(私も含めて)社内システムを企画・開発してきたベンダー側の人間にとってはこれが自然な発想です。「中央集権型じゃだめですか?」の問いは、まさにここから来ています。
今一度気を付けたいのは、ここで取り扱おうとしているモノは、社外との「取引」です。この情報は「社内のノウハウ」のように、みんなで共有すれば業務改善になる!?レベルの内容ではありません。金融機関や事業会社にとっては、外には出したくない機密情報であり、単純に社外のプレイヤーと一元化すれば良いものではありません。
もちろん、この中央台帳モデルで実装し、インターネット上のマーケットプレイス(Saas, ポータル、ASP、etc.)とすることも出来ます。しかし、この場合、中央管理者には取引情報が見えてしまい、データを管理・コントロールされてしまうというデメリットがあります。取引情報を見られても良いんだ!ということであれば、それでも良いかもしれませんが、このモデルにはもう一つの問題があります。「マーケットプレイスのサイロ化」です。
結局のところ、世界中の全員が一つのマーケットプレイスに集結することは非現実的です。国際送金のSWIFTでも難しいです。そこで、異なるマーケットプレイスを接続しようという発想になるのですが、この接続は複雑、個別対応、高コストで、これも現実的ではありません。
そこで次のような仮説が生まれる訳です。
取引情報をこれまで通り社内に置きつつ、あたかも論理的には社外と一元化されたデータベースのように共有出来ないか?
これが出来ると、最後の障壁であった企業間の壁が取り払われ、業務フローが社外とつながり、業務改善のさらに進む、という訳です。違う言い方をすると、ブロックチェーン(分散台帳技術)の適用を考える場合、より幅広く会社横断、業界横断で考えなければならないのです。だから、世界中で様々な会社がコンソーシアムを組んで共同で実証実験しているのです。例えばトレードファイナンス(Letter of Credit)の世界では50社を超える金融機関や事業会社が参加したVoltronなど。
このように考えると、エンタープライズの世界で、ブロックチェーン(分散台帳技術)が注目されてきている理由が少し入ってきますね。
分散台帳があれば既存システムって要らなくなるの?
ブロックチェーンを使って、ERPやコアバンキングシステムのような既存システムを置き換える?という議論が時々聞こえてきます。そうではないんです。むしろ既存システムはブロックチェーン時代には欠かせないピースになります。例えばブロックチェーンの中でもR3 Cordaが選ばれる理由の一つに、「ERPとの連携」があります。Cordaの場合、ERPを置き換えるのではなく、ERPはそのまま、裏でデータをCordaノードに連携することが簡単に出来ます。例えばグローバルで25行の金融機関が参加するトレードファイナンス・プロジェクトMarco Poloでは、Oracle NetSuiteからCordaへデータ連携出来るアプリ(Marco Polo ERP App)を開発しました。これにより、事業会社の担当者は、手作業でインボイスの情報を銀行に送付しなくとも、自動で売掛債権の早期現金化を実現することが出来ます。
Cordaは社外ワークフローを実現する
上述してきた社外ワークフローを分散台帳を使って実現するやり方は、ブロックチェーン業界では格好良く「信頼のレイヤーを追加する」と呼んだりします。ただ、これは格好良く言い過ぎていて、「価値のインターネット」並みに意味が分かりません。単に「ワークフローを社外まで伸ばす」と呼べば良さそうですね。エンドユーザーにはよっぽど分かり易いかと思います。Cordaが実現する世界を言葉で表現するとそれほどインパクトはありませんが、社外とのワークフローは企業間取引の業務改善を全く異なる次元に引き上げます。いよいよ業務改善が最終局面に差し掛かる、そんな時代に我々は今立っています。
<ご質問・ご要望の例>
- Corda Portalの記事について質問したい
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