電子署名とブロックチェーン技術がどのようにデータの信頼性と価値を保証するか
はじめに
ここ2、3年、ブロックチェーンが語られる時、いつも”How”の部分にフォーカスが当たっていました。つまり説明として、「前のブロックと次のブロックがハッシュ・チェーンになっていて、仮に過去のブロックが改ざんしたとしてもハッシュ値が不整合となるためブラブラブラ…」と言った具合です。いい加減仕組みは分かるのですが、結局のところブロックチェーンはビジネスユーザーにとって何が嬉しいのか、いまいち掴み切れません。今回は、ブロックチェーンがこれまでの電子化とどう違い、新たに何を実現するのか、ブロックチェーンの根本的な嬉しさについて議論したいと思います(今回と次回の2部に分けて説明します)。
物事をよりややこしくさせた「価値のインターネット」
約2年前に「価値のインターネット(The internet of Value)」と言い始めた人がいました。的を得た言い方をしているように見えますが、当時これを正確に理解した人はほとんどいないでしょう。「価値」、「インターネット」それぞれの言葉は明確ですが、これを組み合わせた瞬間、急に曖昧なバズワードに変わってしまいます。「価値のインターネット」一体これは何を意味しているのでしょうか。この記事の中で、下記具体例を示しています。
The Internet of Value will enable the exchange of any asset that is of value to someone, including stocks, votes, frequent flyer points, securities, intellectual property, music, scientific discoveries, and more.
「 株、議決権、ポイント、証券、知的財産権、音楽、科学的発見など」
どうやらこれらが「価値あるもの」であり、これらの交換を可能とするのが「価値のインターネット」のようです。
これって今でも出来てますよね?
証券取引所もあるし、Tポイントを貯めて使うことも、Amazon Musicもあるし…何か肝心な点を見落としているようです。そこで、「価値のインターネット」を理解するために、まずはその対になる概念「情報のインターネット」から考えてみたいと思います。
「情報のインターネット」はすんなり入る
私達が毎日通勤の行き帰りや仕事中に使っているの「インターネット」であり、そこで扱われている何かは「情報」です。これは直観的に分かりやすいですね。Eメールでメッセージという情報を送る、SNSで投稿された情報を見る、オンラインで価格を比較してお得にショッピングする…私たちはビジネスでもプライベートでも、毎日「情報のインターネット」を無意識に活用しています。ではこれと「価値のインターネット」との違いは何でしょう?どうやら、「情報」と「価値」の違い、ここがポイントのようです。
情報と価値の違いを例で考える
この違いを考えるに当たり、もう一つ電子化という軸を加えて考えてみたいと思います。私たちは手触り感のある現物の世界(実体)から、電子化され掴みどころのないデータの世界(インターネット)に移行してきました。この移行が「情報」と「価値」の違いに大いに関係してきます。
①価値×現物の世界(実体)
それではまず、①価値×現物の世界(実体)から例を使って考えていきましょう。この象限は感覚的に一番理解し易い世界です。
「現金1,000円札」、これは明らかに「価値」があると言えそうです。1,000円のモノと交換価値があり、1,000円を相手に手渡すことで、支払も出来ます。1,000円札は誰が見てもその資産価値を共通して認識することが出来ます。変な話ですが、この1,000円札にマジックペンで”0”を追加したとしても、他の人はそれを”10,000円”と認めることはないでしょう。これはある意味”対改ざん性”があると言えます(ブロックチェーン業界の文脈で考えると)。また、一度誰かに手渡した1,000円札は、手元から物理的に失くなるため、別の人に同じ1,000円札を渡すことは出来ません(当たり前ですが…)。これはある意味”二重支払いが出来ない”とも言えます(これもブロックチェーン的に考えると…)。つまり現金は、①対改ざん性、②二重支払いの防止、といった要件を満たしたモノと位置付けることが出来ます。
「押印後の契約書」はどうでしょうか。押印後ということは、この契約書について取引相手との合意があったと見ることが出来ます(細かな法律上の契約成立要件は置いておいて…)。おそらく特定の日付から一定期間有効なモノとして効力を持つでしょう。単なる紙っぺらではなく、法的拘束力のある価値ある紙と言えるでしょう。これが、現物の世界(実体)×価値です。
②情報×現物の世界(実体)
次の世界を覗いてみます。
「紙に書いた1,000円」、これは何か意味があるでしょうか。明らかに1,000円の価値はありません。何の支払手段にも使えません。紙に書いた1,000円に誰かが”0”を追記して10,000円にすることも出来てしまいます。さらに、コピー機でこれを10枚複製して100,000円に増やしても良さそうです。
「押印前の契約書」、これも単なる情報です。契約書には細かな取引条件が記載されているかもしれませんが、押印されていなければ、何の効力も持ちません(改めて細かな契約成立要件は置いといて…)。契約書のテンプレートと呼んでも良いでしょう。
そもそも電子化の特徴って?
このように現物で考えると、情報と価値の違いは非常に明確です。しかし、データの世界(インターネット)になった途端、急にこの違いは曖昧さを帯びてきます。なぜか?私たちはあまり意識していませんが、データの世界は、①自由に変更、書き換えが出来る、②好きにコピー出来る、といった特徴があるためです。この特徴は電子化のメリットなのですが、原本性が求められる情報を取り扱おうとした時には、逆のデメリットとして現れれてしまいます。だからデータを扱う際は管理者が必要ですね。
例えば、エクセルで何らかの情報を管理する場面を考えると分かりやすいです。エクセルには自由に好きな内容を記入出来ますし、それを誰かに送ったり、共有することで、内容を更新することも出来ます。また、エクセルの行をコピーして挿入も出来ますし、エクセルファイル自体をコピーして増殖させることも出来ます。エクセルは、情報を自由加工でき、素早く動かせる一方、現物とは異なり原本性に欠けると言えます。
さて、情報と価値の違いに戻りましょう。
③情報×データの世界(インターネット)
例えば「Eメールに書いた1,000円」。これ意味がないですね。仮にこのメールを受け取ったとしても、1,000円として使うことは出来ません。”1,000円”という単なる文字です。もしくはこのメールの返信おとして、”10,000円、確かに受領致しました”と勝手に書くことも出来そうです。さらに、この”1,000円メール”の宛先かCCに10人の人を追加して、合計で10,000円の送金?と訳の分からない事態も発生します。
ただ一点この世界で嬉しいのは、相手方に早くデータを届けることが出来るという点です。わざわざ、メール便で届ける必要はありません。これはインターネットの良い点です。
「Wordの契約書」はどうでしょう。これはテンプレートとしても、自由に加工でき、またファイル自体をコピーすることによって何重にも複製出来ます。電子化のメリットは大いに享受出来ますが、この契約書データに原本性を持たせたいのであれば、印刷して判子を押す以外にないでしょう。
④価値×データの世界(インターネット)
この流れで考えると、価値×データの世界(インターネット)の位置付けがおぼろげに見えてきます。情報の欠点を補いつつ、インターネットらしさを併せ持つのがここに該当します。
一番典型的な例がビットコインです。ビットコインの最大の特徴は、1)取引を後から書き換えられない(対改ざん性)、2)二重に送金できない(二重支払いの防止)、です。簡単に説明しますと、1)は、例えば10ビットコイン送金した取引を、事後的に10から1ビットコインに変更する、という不正が出来ないことを意味しています。2)は、1ビットコインしか持っていない人が、誰かに1ビットコイン送金後、さらに別の人に、また1ビットコイン送金するという不正を防止する、という意味です。ビットコインの情報はあくまで電子的なデータなので、好きに加工出来そうですが、それを出来ない仕組みをブロックチェーンという機構をもって維持しているのです。
同じように電子署名付き取引も同様です。電子署名というのはデータの世界(インターネット)における判子をイメージして頂ければと思います。電子的な取引に電子署名を付して、もし後出しで取引内容を勝手に書き換えた場合、書き換え後の内容と、電子署名が不整合を起こす仕組みを構築することが出来ます(これはブロックチェーンが出来ることではなく、公開鍵暗号方式の嬉しさですが…)。
結局、情報と価値の違いは?
整理しましょう。情報と価値の違いは何か?両者とも何らかの実体ある現物を電子化したデータである点は共通しています。しかし、決定的に違う点、情報になく、価値にある特徴は、以下2つです。
- データに対改ざん性がある
- データの二重利用が出来ない
データ(価値)は電子的にも関わらず、電子化のデメリットを克服している、だから”価値”があるんだ、と言えそうです。
さて、ここまで来ると、前段で出てきた「価値のインターネット」をもう少し深く理解出来そうです。
「価値のインターネット」を理解する
株や知的財産、議決権等々は確実に安全に保護されなければいけない資産/権利です。つまり、これらは元々”価値”があるにも関わらず、無形であるため、効率的に管理するために電子化されたデータ(情報)だったのです。そのため、電子化のデメリットを補うために、人間系のガンバナンスが必要が必要となり、社内の情報であればシステム管理者が、会社間を跨る取引情報であれば所謂「信頼出来る第三者」が、これらを管理してきた訳です。
しかし現在、ブロックチェーンもしくは分散台帳技術(DLT)の力により、これらのデータ(情報)が価値へと昇華し、データの管理者による信頼ではなく、データそのものへ信頼を寄せることが出来るようになりました。これはもはや単なる電子化されただけのデータ(情報)ではありません。価値あるデータとして、インターネットを通じて交換が可能となる、つまり「価値のインターネット」が可能となる、という訳です。
次回のブログでは、もう一歩データが”価値”になることの意味に踏み込んでいきます。
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