ブロックチェーン技術がサプライチェーンマネジメントにどのように影響を与えるか
はじめに
金融のユースケースから始まったブロックチェーンですが、2018年頃からは、仮想通貨ではなく単なる技術であると認知され始め、非金融分野でも実証が加速してきました。特にサプライチェーン・マネジメント(以下SCM)は、商社、製造業、流通・小売業等のお客様から注目を浴びているユースケースです。中央集権型トレーサビリティー追跡システムは昔からあるにも関わらず、なぜ今、ブロックチェーンの世界でSCMが見直されているのか、その先にどのような世界が待っているのか、思考を深めていきたいと思います。
そもそもSCMって何?
SCMとは、狭義では、企業の経営計画に基づき、仕入、加工、販売といったプロセスを摩擦なく推し進める手法・取組のことを指します。また広義では、企業単体だけではなく、会社横断・業界横断での商品の流通過程も含め最適化する手法・取組と定義することができます。
ブロックチェーンのユースケース目線でSCMを分類すると、
①商流
②物流
に分けて考えることができます。
①商流は、エンド・ツー・エンドでの調達プロセス、受発注プロセス(Procure2Pay)をどう最適化するかがテーマとなります。具体的には発注書、受領書、請求書等の紙をブロックチェーン上で電子化し、”原本性を持ったデータ”として扱うことで、リアルタイムに取引を完結させ、業務改善を図ります。
②物流に関しては、モノのトレーサビリーティー (Track and trace)という言葉で表現されますが、モノに対する作業履歴、移動履歴等をどうブロックチェーン上に刻んでいき、可視化するかがテーマになります。本稿では②を詳細します。
SCMを理解する上で押さえておきたい背景
機関投資家向け金融取引などのプロの世界に比べて、SCMは私たち一般消費者の生活に密接していて、その影響を肌身をもって実感します。例えばファストファッションのお店でTシャツ等を買い物すると、一昔前(1990s — 2000s)はほとんどが中国製か韓国製だったのが、今では東南アジアやインドなど、生産国が多様化していることに気付きます。SCMの目線で表現すると、バイヤーが付き合うサプライヤーの数は昔に比べて増えてきている、と言えるかもしれません。またSCMの世界は、その時々の需要やトレンドに応じて、最適な製造・流通、それに伴う商取引が求められており、複雑さは増す一方、柔軟性も同時に求められます。例えば、震災やパンデミック発生時に備え、リスクヘッジのため、調達先を分散化(ブロックチェーン業界で使う分散化ではなく、複数の調達先を確保するという意味です)することも経営課題の一つとなります。さらにコンプライアンス(CSV / CSR)の観点からは、商品がどの製造され、流通したかを世の中に示し証明する説明責任が求められており、長年の課題となっています。児童労働やブラッドダイヤモンドという言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。
SCMの課題をどう捉えるか?
SCM自体は昔から業務改善の対象であり、ユーザー企業はボトムアップで「終わりなき改善の旅」をひたすら地道に進んできました。テーマは幅広く多彩で、川上では生産コストの管理、在庫の適時把握、ジャスト・イン・タイムによる納品、川下では需要予測、顧客要望のフィードバック、そして商流全体を通じては、一貫したリスク管理、品質管理などがあります。
最適化されたSCMは言うまでもなく、企業にとってのコア・コンピタンスとなります。この実現に向けて、SCMのプレイヤーであるサプライヤーとバイヤーは、価格面の交渉を除き、同じモチベーションを持ちます。つまり、より高品質な商品を期日通りに納品・仕入する、この点は共通項と言えるでしょう。ここに本質的な課題を捉えることが出来ます。
①どう高品質(付加価値)を付与するか。
②どう期日通り納品・仕入するか。
①は、例えば日本の伝統工芸品の価値をどう伝えるか、と考えると分かりやすいでしょう。国宝級の職人が手を施した漆器であることを、どうしたら海外のお客様に証明出来るか。ただラベルに書いておくだけで信じてもらえますでしょうか?
②は、例えばSCMの場面では、当たり前に納品遅れが発生します。その際バイヤーはサプライヤーに対し、納期を問い合わせますが、サプライヤー側はこの対応に忙殺されてしまいます。理由は可視化が出来ていないからですね。どのように納品遅れを防止すれば良いか?また発生した場合、どうすれば現場に負荷が掛けず対応できるでしょうか?
これまでの方法ではなぜいけないのか?
ブランド力のある企業が製造する商品であれば、説明がなくとも高品質を信頼してもらえるでしょう。では、ブランド力のない小企業が、高品質を証明するにはどうしたら良いでしょう。例えば、何らかの品質基準を満たしている証明として、公的な認証を取得するという方法があります。当事者ではなく、第三者がその品質を証明する、という考え方です。これは第三者に対する信頼に依存した手法ですが、例えば海外の聞いたこともない公的認証機関の証明をそのまま信用し、確認もせず大事な顧客に出荷出来るでしょうか。おそらく認証マークの有無よりも、そのトレーサビリティーが良くも悪くも明らかになっている方が、正確に自己判断出来そうです。日本国内ですと、認証機関を疑うことはあまりありません。無意識に日本人だからという理由で信頼しているからです。その意味で、トレーサビリティーを証明する必要がなかったのかもしれません。私たちはグローバルなSCMの中で、この日本ブランドのメリットを享受してきました。さて、これからの世界ではどうでしょう?
納品遅れの対策は、業務コンサルタント的に考えると、「サプライヤーの責任の所在を明らかにし、納品遅延が発生した場合は速やかに誰々に報告する」など、内部統制プロセスを明確化し、社内体制を整える、という解決策が考えられますが、要はちゃんと管理しろ!というだけで何の解決にもなりません。もしくは、「戦略的パートナーとなるサプライヤーを数社選定し、サプライヤー・バイヤー間で統合するプロセスを特定、統一ルールを定め、KPIを設定し以後モニタリング」…より一層グローバル化・複雑化するサプライチェーンを前提に、このようなルール決めをサプライヤー・バイヤー毎に実施することは、かなり骨の折れる作業です。さらに極端な例で、サプライヤーに対しバイヤー側のシステムの利用を強制する、さもなければ取引を停止、なんて強硬手段も噂では聞こえてきます。
おそらく既にある技術を使い電子化を突き詰めて実装していけば、ある程度のリアルタイム可視化SCMは可能となるでしょう。しかし、SCMは多数のサプライヤー・バイヤーによるネットワークです。そして、どのプレイヤーに焦点を合わせても、サプライヤー・バイヤーは多:多の関係になっています。プレイヤーを全てTOYOTA WAYで一か所にまとめる、会社間を個別に接続するなどの対策は、高コスト・高負荷過ぎて困難です。
そこまでしなくても、ブロックチェーンで普通に出来ます^_^
ブロックチェーンでSCMの何が変わるのか?
ブロックチェーンベースのSCMが提供する価値は、端的には会社間を跨るモノの流れの「可視化」です。ただ見えるだけでなく、商品が川上から川下に受け渡されてもなお、川下は川上での不正の有無を検証出来るようにになります。この検証が出来ると何が嬉しいか?ここを深堀していきましょう。
⓪日々の作業コストを削減する
まずは分かり易い嬉しさから見ていきます。例えば、ある工場で材料を仕入れ、そのモノに対する加工履歴(いつ、誰が、何を、どこで、どう加工したか)をブロックチェーン上に刻み、可視化します。加工そのものの情報だけでなく、それに伴う人の動きも同時に記録すると、精緻な作業コストが見えてきます。これを業務改善につなげることが出来ます。
少し脱線しますが、現場での活動管理を最適化する手法にはABC(Activity Based Costing)と呼ばれるものがありますが、ほとんど誰もやっていませんでした。人の作業記録を個別に残すのは、面倒くさ過ぎて導入コストに見合わないためです。今であれば、エンドユーザーが使うシステムの裏でブロックチェーン(分散台帳技術)を利用し、蓄積したデータにAIを掛け合わせれば、簡単に実装出来そうですね。
加工履歴の蓄積は、定量分析を可能とし、完成品が出来るまでの時間の予測を精緻化します。また社内でのモノの移動履歴は、倉庫内の状況把握を可能とし、納期確認の問い合わせに対し、即答が出来る体制を整えるでしょう。
さて、ここまではブロックチェーンがなくても出来きそうな感じがします。なぜなら、全て社内での出来事であり、社内サーバーで管理すれば良いからです。ここから少しづつブロックチェーンらしさを掛け合わせて行きましょう。
①品質データの改ざんを防止する
ブロックチェーンといえば、対改ざん性が特徴です。通常のリレーショナルDBにブロックチェーン技術(分散台帳技術)を組み合わせれば、例えば品質データの改ざん防止は簡単に実装出来ます。
データの改ざんがテーマとなる場合、単に改ざんの有無だけでなく、誰がその情報を参照したかの履歴も重要となります。なぜなら、誰がどの時点で何を知っていたか、はある特定の状況において非常に有効な証跡となるからです(ここでは詳しく述べませんが…)。ブロックチェーンを使い、この参照履歴までも改ざんされない形で記録出来れば、内部統制の観点でかなり強化されます。
一般に、一企業単体で運用されるブロックチェーンは、プライベート型と呼ばれており、中央集権型と変わりがなく、意味がないと言われることがあります。ただ、内部の人間による品質データの改ざん防止を目的にすれば、コンプライアンス上も有効な手段になり、一定の効果が出ます。もちろん、社内サーバーをスタンドアローンにして管理した場合、外部に対し改ざんの有無の証明は難しくなるでしょう。そこで、第三者的なオブザーバーノードの存在が必要となってきます。
②流通過程における不正を抑止する
①の段階において、ある会社の加工履歴、移動履歴に対改ざん性を持ち合わせることが出来ました。ついでに誰が見たかの参照履歴も取り込みます。ここに加えて、サプライヤーからバイヤーに商品が受け渡しされる過程も、受渡履歴として記録していきます。これが出来ると、サプライヤー側による不正の抑止に繋がります。これはどういうことでしょう?
例えば、トラックで何らかの商品をA社からB社に出荷するとします。出荷時と到着時だけを記録しただけの受渡履歴では、その間に何が起こったかを把握出来ず、不正が入り込む隙が生まれます。
そこで、トラックの運行ルートをGPSで1時間毎に刻むというアイデアが思い付きます。
これを正常系のモノの流れとして日々記録し続けます。
このようにトラックの運行ルートが経常的に記録される中で、もし3時間の空白が出来ていたらどう思うでしょう。
何か通常ではない事象が発生しているのでは?と疑わずにはいられません(例えば、高級部品パーツのすり替え等)。
このように記録の連続性は異常値の検出に役立ちます。ブロックチェーンベースのSCMは、直接的に不正を失くすのではありません。よく勘違いされるのですが、これを導入したからといって、ある日突然不正がなくなるのではありません。移動履歴等の事実を、不正であるかに関わらず、小刻みに記録し、その連続性の中で正常時の期待値とは異なる状態に気付ける状況を作ります。この状況が、不正に対するインセンティブを下げ、結果、不正抑止に繋がるのです。ここで重要となるのは、ブロックチェーン上には事実だけがただただ記録されることです。事実が突然変化した、もしくは本来残っているべき記録がない、と分析出来る、これがトレーサビリティーを必要とする理由です。
上記のようにモノの加工履歴、移動履歴、受渡履歴が証明されると、そのモノ自体の信頼性が向上し、もしくは唯一性が証明出来ます。これにより、製品の付加価値が高まります。さて、ブロックチェーンベースのSCMが既存の認証ビジネスのモデルを変えてしまうに気付きましたでしょうか?
③インシデント発生時、迅速的に調査する
ブロックチェーンベースのSCMでは、会社を跨いで改ざんできない加工履歴、移動履歴、受渡履歴が追跡出来ますので、インシデント発生時にその影響範囲の特定が容易になります。
総数管理するコモディティー製品は基本的に品質に差がないため、混ざり合うと管理が難しくなります。そこで、一定の単位(袋分けなど)にまとめ、個体管理の考え方を持ち込みます。
これは簡単でバーコードやQRコード、RFIDタグ等、モノを単位毎に識別できる技術があれば簡単です。これら個体(材料)をインプットにして製造した加工品(アウトプット)も同じように一定の単位にして、個体管理します。
これを一貫して川下まで続けることで、例えばリコールのようなインシデント発生時、川下から川上まで遡ってトレースすることが出来ます。
と言っても、電話やEメールでサプライヤーへの問合せを通じて遡ることなく、ボタン一つで影響範囲を絞り込むことが出来ます。製品回収に伴うコストを考えると、ROIは計算するまでもないくらい高いでしょう。
④製品廃棄までのプロセスを追う
商品の製造から流通までを追えるのはある意味当たり前かもしれません。面白いのは、トレーサビリティーが付随した商品が個体管理されると、自然と廃棄までのプロセスですら可視化される点です。つまりこれはゴミ問題に直結します。例えば、ある人がテレビを買ったとします。このテレビは販売時点までの履歴がどこかブロックチェーン上に記録されています。この人がテレビを買い替えるのであれば、家電リサイクル法に基づき、テレビを販売店等で回収してもらう必要があります。しかし、この人はリサイクル費用を払いたくないがために、テレビを橋から河口に投げ落とします(粗大ごみを燃えるごみの日に出してしまう、という例でもいいのですが…)。
それを海上保安庁の職員が拾い上げますが、さてこの後どうすれば良いでしょう。一つ一つの廃棄物の持ち主を調査して、本人の元まで送り返すのはとても割に合いません。もし、テレビが販売後であっても容易にトレーサビリティーを確認出来るとしたら、おそらくテレビを投げ捨てるインセンティブは著しく下がるでしょう。
⑤ファイナンスや保険のインプットにする
ブロックチェーンにより実現するトレーサビリティーは、ただ可視化されるだけでなく、それ自体を安全に社外と共有することが出来ます。例えば、あるモノがA社からB社に移動し、B社の倉庫に入ったとします。この在庫情報をリアルタイムに銀行と共有します。銀行はこの情報を基に、容易にインベントリーファイナンス(在庫を担保にした融資)を提供することが出来るでしょう。もしくは、モノの受渡履歴等が可視化されると、モノに発生し得るリスクをより精緻に把握・予測することが出来ます。これをリアルタイムに保険会社と共有すると、保険会社はこれらをインプットにして、保険料をダイナミックに変化させる保険商品を提供することが出来るでしょう。
SCMだけで終わらない未来!?
ブロックチェーンベースのSCMは、これまで個別もしくは限定的に最適化を目指していた企業および企業群を、一気通貫で接続する媒体となります。この企業間を跨いで流通するデータには、改ざん不能なトレーサビリティーが付与され、かつ安全に(コピーされず)に保有されます。そう考えると、このデータはもはや各社で大事に保存される社内データではありません。会社間を流通するトークンと呼ぶことが出来そうです。そのモノ自体とそれに付随するトレーサビリティーを担保としたデジタル資産です。今後、世界中であらゆるプレイヤーが様々なモノをブロックチェーン上に載せてくるでしょう。これはトークン発行のためのプライマリーマーケットと捉えることが出来ます。そして、もしそれらトークンを扱うマーケットプレイス(取引所)が創設され、投資家が参入してくると、世の中のあらゆるモノが売買出来るセカンダリーマーケットと捉えることが出来ます。この全体観はエンタープライズ版トークン・エコノミーと呼んで良いかもしれません。
やはりインターオペラビリティーが重要
この世界まで辿り着くには、やはりインターオペラビリティーが重要です。エンタープライズ版トークン・エコノミーに求められる要件は以下となるでしょう。
- SCMで蓄積した社内の加工履歴、移動履歴を、別のSCMへネイティブに受け渡すことができるか?
- SCMの履歴を改ざんされない形でマーケットプレイスに載せられるか?
- 一つのマーケットプレイスで取引されている商品が別のマーケットプレイスで取引されていないか確認出来るか?
- マーケットプレイスにある商品を別の商品とアトミックに交換できるか?
- あるマーケットプレイスにある商品を別のマーケットプレイスにある商品とアトミックに交換できるか?
これら全てを実現するのは非常に難しそうですね。ですので、中央集権型で解決しましょう。
残念ながら、世界中のあらゆるSCMのデータ、マーケットプレイスのデータを中央集権型で一か所に統合するという発想は無茶です。プレイヤー全員が一つのプラットフォームに乗ることも非現実的です。
朗報は、これらの要件を既に3年前に考え、ホワイトペーパーを書き、実装を進めている会社とプラットフォームがあります。R3は、それぞれ目的の異なるブロックチェーンのネットワークが、分散化して同時多発的に生れながらも、接続し合える未来を思い描いてきました。Cordaであればこれを実現出来ます。
日本の信用を創る時代へ
幸運なことに、私(たち)の世代は、これまで親世代が蓄積してきた日本ブランドという信用を享受してきました。Made in Japan=高品質、日本人=信頼できる、といったイメージは世界共通で、何も努力せずに「信用を得る」というビジネスで一番難しい課題を解決してしまいました。
さて、少子高齢化で労働人口が減り続け、日本の国際競争力が失われつつある状況において、日本の信用は何もせず維持出来るでしょうか。今後、規模を問わずより多くのプレイヤーが、ブロックチェーンベースのSCMから生み出されるトレーサビリティーを活用し、”証明可能な信用”を手にしていくでしょう。その時お客さまはどの”モノ”を選ぶでしょう。
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