ID様の産業利用の観点から見たプライベートチェーンとの向き合い方や、
システム設計・運用の観点から見たパブリックチェーンとの対比が学べます。
2024年「ブロックチェーンビジネス・アドベントカレンダー企画」21日目の記事です。 関連企業の皆様にも記事を書いていただく予定ですので、是非お立ち寄りください!
はじめに
アドベントカレンダー企画として、株式会社インフォメーション・ディベロプメント フェロー 牧野 剛明様 にご寄稿いただきました。「産業利用する際の技術者視点のプライベートチェーンの利用価値」、「システム設計・運用観点からみたパブリック/プライベートチェーンの比較」など弊社記事とはまた異なる観点でご執筆いただいております。「AIの学習データとBC活用の組み合わせ」は特に興味深いお話でした。是非ご一読ください!(R3Jより)
1.ブロックチェーンネットワークの価値とは
ブロックチェーンの技術は、近年急速に注目を集め、特に金融やサプライチェーン管理、さらにはエンターテイメント産業など、さまざまな分野で利用が広がっています。その中でも、ブロックチェーンは「パブリックチェーン」「プライベートチェーン」「コンソーシアムチェーン」の3つに大別されることが多いです。本稿では、特に産業利用に焦点を当て、プライベートチェーンの活用方法とその可能性について掘り下げていきます。
まず、比較対象としてパブリックチェーンについて簡単におさらいをしておきましょう。
分散金融分野など、ブロックチェーンで主流となるビットコインやイーサリアムはパブリックチェーンであり、P2Pネットワークを利用して誰でも参加することが可能です。しかし、その仕様は固定化されており、誰かが自由に仕組みやデータ構造を変えることはできません。
さらに、パブリックチェーンでは参加者が対等な関係(一部そうでないチェーンも存在しますが)で無数に存在するため、仕組みを変更するためには全体の合意が必要です。しかし、現実では参加者の間で意見の相違が発生してしまうため、システムの変更は非常に困難となります。
また、パブリックチェーンでは、取引内容が全て公開されるため、秘密性の高い取引を行うことができません。このような特性はパブリックチェーンにとっての大きなメリットであると同時に、デメリットでもあります。例えば、透明性と信頼性が求められる分散型金融(DeFi)のような領域では、その堅牢な構造が強みとなります。しかし、エンタープライズ用途においては、機密情報を取り扱う場面が多いため、パブリックチェーンは不適切な選択肢となることが多いでしょう。
一方で、このような堅牢さによって利用者は安心して台帳上の値を信用することができるとも言えます。つまるところ、パブリックチェーン上の台帳の値(具体的には1BTCや1ETH)の価値とは、このように如何に権限が分散化されているかという、ネットワークの複雑さそのものにあるとも言えます。
このようなパブリックチェーンの特性が必要な分野(主に分散金融)では、非常に大きな価値を生み出し、現在では主要な投資家たちのポートフォリオにも仮想通貨が組み込まれるようになっています(これに対する否定的な意見もありますが、ビットコインの時価総額は2兆ドル前後(2024年12月20日現在)で推移しており、多くの投資家の資金が仮想通貨に投資されていることは明らかです)。
しかしながら、過去に様々な産業的スキームを提唱したパブリックチェーンがICO(Initial Coin Offering)されてきました。皆さんもご存じかもしれませんが、現在でもエンタープライズ用途ではパブリックチェーンはほとんど普及していない現状があります。
これは先に述べたようなパブリックチェーンの特性が、エンタープライズ用途では大きなデメリットとなってしまうことも多く、この点をしっかりと考慮したデザインがされていないチェーンネットワークでは、高い耐改ざん性やデータの透明性などのブロックチェーンを活用するメリット以上のデメリットにより、現在においても分散金融以外での産業利用が活発に進んでいない状況を大きく変えるまでにいたっていません。
このような状況において、エンタープライズ向けの利用でプライベートチェーンの導入が進んでいる背景には、データの機密性や管理の柔軟性、さらにはコンプライアンスの観点からの必要性が大きいことが挙げられます。
2.ブロックチェーンの産業利用とは
それでは、企業がプライベートチェーンを導入する場合、どのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、一般的なメリットと技術的なメリットを分けて考えてみましょう。
一般的なメリット
1 機密情報の漏洩リスクの解消
パブリックチェーンでは、取引内容が全て公開されますが、プライベートチェーンでは、参加者が制限されているため取引の透明性を保ちながら、機密性を確保できます。
2 主催者の責任が明確化
プライベートチェーンの運営者は、システム全体の管理責任を持つことになります。これにより、情報資産のデジタル化に対する企業内部での合意形成がしやすくなります。企業内での調整が円滑に進み、導入後の運用がスムーズになります。
3 安心感の向上
不特定多数の開発者による決定ではなく、明確な仕様のもとで情報資産をデジタル化できるため、企業の内部担当者や関連するステークホルダーにとっては、安心感が向上します。
4 コスト管理の容易さ
プライベートチェーンでは、開発コストや運用コストが事前に固定化されるため、企業は予算管理がしやすくなります。サブスクリプションモデルやライセンス利用など、柔軟にコストを管理しながら、ブロックチェーン技術を導入することが可能です。
次に、技術的な観点から見たプライベートチェーンのメリットを挙げてみましょう。
技術的なメリット
1 データ設計の自由度
プライベートチェーンでは、保存するデータの設計に柔軟性があります。例えば、AIの学習データやその利用履歴をブロックチェーンに保存することで、データの所有者(例:アーティスト)が自身のデータを提供した際に、適切な報酬を得る仕組みを構築できます。これにより、データの所有権や利用履歴を明確に追跡できるようになり、第三者が介入せずに取引を行うことが可能になります。
2 振る舞いの変更が容易
プライベートチェーンでは、参加者や管理者がシステムの振る舞いや仕様を柔軟に変更することができます。これにより、ビジネス要件の変更に素早く対応できるため、企業の競争力を維持する上で非常に有利です。
3 スケーラビリティの柔軟性
プライベートチェーンは、使用する規模に応じてスケールアップやスケールダウンが容易です。企業の成長に合わせてネットワークを拡張することができるため、将来的なシステムの負荷に対しても柔軟に対応可能です。
4 高パフォーマンスの実現
プライベートチェーンでは、ネットワーク資源を占有することができるため、取引処理速度が速く、高パフォーマンスを実現できます。これにより、大量のデータ処理を必要とする業務にも適しています。
例えば1.のデータ設計の自由度の高さについては、プライベートチェーンでもデータ容量そのものは制限されることが多いですが、ブロックデータに保存する内容はデザイン自由度が高いです。
AIの学習データ履歴や、その利用についての履歴情報をプライベートチェーンに保存するようにデザインすれば、アーティストの作品や権利をデジタル化し、透明性を確保しつつ適正な報酬を保証できるため、アーティストも安心して学習データを提供できるでしょう。
また、医療データや個人投資情報、エンターテイメントの利用履歴なども、レコメンドの精度向上のために提供したいが、個人情報の取り扱いに不安を覚える場合も多いでしょう。そのような情報も、利便性を享受しながら安心して利用できるような仕組みもプライベートチェーンをこのように活用すれば実現可能です。
3.産業利用におけるブロックチェーンの可能性
さらには、”アカウント” を ”口座” としてだけでなくAPIと定義すれば、そのチェーンネットワークを特定のふるまいの ”トランザクション” とすることも可能です。
このような柔軟なデータデザインは、プライベートチェーンならではの活用方法ですが、このような際にキーワードとなるのがインターオペラビリティ(異なるシステム間での相互運用性)です。
パブリックチェーンのインターオペラビリティは当然ながら大規模なものです。これは、そもそも1つのパブリックチェーンは1つのトークンエコノミーであり、サイロ化された閉じられた世界を想定するからです。
ビットコイン(BTC)を例に考えてみましょう。
既にBTCを保有している方は多いと思いますが、BTCをビットコインネットワークから直接ドルや円で買っている方はどれほどいるでしょうか?
ごく初期のBTCホルダーを除いて、ほとんどの方はBTCを「取引所」を使って買っているのではないでしょうか。もっと言ってしまえば、そもそもビットコインネットワークにアカウントすら持っていない方がほとんどでしょう。
また、BTCを直接ビットコインネットワークで取引されている方でも、ビットコインネットワーク上にドルや円を入金する仕組みがないため、法定通貨のやり取りは銀行などの金融機関を利用されている場合がほとんどです(USDTなどのステーブルコインで購入されている方も、ステーブルコイン⇔法定通貨の交換をパブリックチェーン上で行うことはできない、という意味では同様であると考えます。)。
少し話が脱線しましたが、これらはすべてパブリックチェーン(トークンエコノミー)の元々の設計思想 “1つのパブリックチェーンは1つのトークンエコノミーであり、サイロ化された閉じられた世界” を想定するからです。
数年前からは流石にこれが不便だということで、徐々にインターオペラビリティの仕組みや、インターオペラビリティ前提のトークンエコノミーも作られています。
しかし、本来閉じられた系であるトークンエコノミーであるがゆえに、保たれていた堅牢性のセキュリティホールとなりかねません。
または、インターオペラビリティ前提のトークンエコノミーは、この堅牢性と利便性を両立するために非常に大がかりな仕組みで(さまざまな意味での)コストの高い運用となってしまっているのが現状です。
その点、プライベートチェーンはデータとその仕組み(振舞い)において高いデザイン性を持ちます。インターオペラビリティの仕組みをうまく取り入れることで、堅牢かつ柔軟なデザインが可能です。
これはつまり、1つのチェーンネットワーク(トークンエコノミー)での管理にこだわらず、小規模なインターオペラビリティを前提に、複数のチェーンネットワークを相互運用させたシステムデザインが可能だということです。例えばテーブルデータごとのトランザクションの様に、1つのシステムに複数のチェーンネットワークを共存利用することも可能です。
弊社グループ企業では、このような小規模なインターオペラビリティの為にNFT(non-fungible token)を活用した仕組みも提唱しています。
確かに、パブリックチェーンこそブロックチェーンの花形であり、今後もブロックチェーン=パブリックチェーンとの共通認識は揺るがないものでしょう。
しかしながら技術者としてプライベートチェーンをみたとき、それはパブリックチェーンにはない特性によって、産業利用の可能性に魅了されずにはいられないアーキテクチャーの一つであると思います。