ブロックチェーンとトークンエコノミーの可能性・CordaのToken-SDKに関する解説
はじめに
R3社では、現在Corda上のトークン発行用SDKであるToken-SDKの開発を進めている。1.0リリースも近いこのToken-SDKについて、2回にわたって概要を紹介する。その1ではToken-SDKの立ち位置、ゴール等について説明し、その2では、Token-SDKの具体的な機能について説明する。
Token-SDKは、エンタープライズ向けというCordaの特徴を色濃くうけ、エンタープライズ向けの機能の充実が図られていることが最大の特徴である。実際その開発にはスイスの取引所SIXの要望が反映されていて、金融機関による実用が前提となったSDKになっている。
1.想定ユースケース
1.1 プライマリーマーケット
この図は、プライマリーマーケットにおける典型的ユースケースである。
参加者
参加者は4種類。発行体/投資家/プラットフォーマー/カストディアンである。これらのうち、サーバを持ちノードを立てることが必須なのは、プラットフォーマーとカストディアンの2つである。発行体や投資家がノードを持つことは必ずしも必要ない。トークン発行・管理はプラットフォーマーが請け負ってもよいし、プラットフォーマーが信用できないのであれば発行自体を発行体のノードで行えばよい。同様に投資家は直接自ノードでトークンを保管してもよいし、それをカストディアンに委託しても構わない。こうした後世の前提として、業務を請け負う企業(プラットフォーマーやカストディアン)がキチンと法的対応を行うことを前提としていることを意味している。当然ながら発行体/投資家/プラットフォーマー/カストディアンの間で相互に事前契約を結ぶことを想定している。契約に基づいたスマートコントラクトがCorda/Token-SDK上で実行される想定である。
アクティビティ
個別のアクティビティについては①~④+※印の5つのアクティビティを想定している。①ファンディングについては現状オフレッジャーを想定しているが、ステーブルコインをCorda上で発行すれば、オンレッジャーでのDvP決済も可能である。Cordaのステーブルコインであれば、自由にこのDvP決済で使用できる(同一プラットフォーム上でのインターオペラビリティを備える)事はCordaの特徴であり、将来的な可能性を訴えられるポイントでもある。②発行依頼、③トークン発行/譲渡/償還、④受領通知については、Token-SDK上にスマートコントラクトとして実装がある。それから直接のユースケースにはならないが※トークン情報管理者の登録、更新についてもToken-SDKのスコープに含まれていて、実装が用意される。そのいずれもが基本的にはAPIを叩くだけでよい事がToken-SDKの特徴であり、各エコシステムオーナーがする事は、個別トークンの特徴を実装していくだけであることが、Token-SDKの良いところである。又、標準実装では満足できない場合には、オープンソースであるToken-SDKを改変して使用すればよい。
1.2 セカンダリーマーケット
この図はセカンダリーマーケットの典型的ユースケースである。
参加者
ここでは、4つの参加者+関連する3つの参加者が存在する。売買を行う投資家、流動性を提供するBroker/Dealer、マッチングエンジンを提供する取引所、保管/決済を請け負うカストディアンである。この場合もプライマリーマーケットと同様に投資家は必ずしもノードを持つ必要はない。注文から決済までの機能提供する主体のみがノードを持てばこのエコシステムは実現可能である。これまでも投資家が行うのは基本的には注文であって、約定した証券(典型的には株)の保管まで自ら行う投資家は極めてまれであった。個人・法人を問わずこうした状況は一般的であり、ブロックチェーン基盤を用いるからと言って特段投資家が個別に証券を管理するニーズが実際上殆どないことを意味している。エンタープライズ向けBlockchain/DLT基盤であるCordaも、個人がノードを持つことを基本的には想定していない。
アクティビティ
基本的にここで想定されるアクティビティは①注文②マッチング③トークンの譲渡、それから④トークンの検索である。
このうち、注文及びマッチングは、Token-SDKのスコープ外である。特にマッチングについては、Blockchain基盤上で実現する意味がないと考える。なぜなら、セカンダリーマーケットの重要な役割は、注文の集中による流動性の提供にある。これは、非中央集権/分散化を意図したBlockchain/DLTの特性に全く合わないからである。ある特定のトークンの板が世界中に100個あるよりも、すべての売買注文が一か所に集まっていた方が良いことは自明の理であろう。同一証券(トークン)に複数の板がある事の不都合は金融関係者なら誰もが知るところだ。誤発注、不必要なさや抜きの発生、見せ板の発生など多くの課題を生む一方で仲介業者のみが肥え太る仕組みにしかならない。複数の取引所が乱立すること自体、仲介業者以外の参加者にとって非常に不利な状況しか生まない事を明記しておきたい。
2.トークンエコノミー実現に向けたCordaの各種実装
Cordaは多くの機能を持っており、トークンエコノミー実現に向けた機能もToken-SDK以外にも多数取り揃えている。基本的にはすべてオープンソースのものであるが、その全体像を簡単に紹介しておきたい。
ここに示したのは、Cordaが用意しているツールのうち、トークンエコノミー実現に向けて使用が想定されるツール群である。開発ツール/Corda ネットワーク/Cordaプラットフォームについての説明は他に譲り、ここではCorda Coreが持つツール及びToken-SDKも含めたライブラリ群について簡単に説明する。
Corda-Settler
Corda基盤外の決済システムとCorDappsの接続を可能とするAPI、世界最大の決済基盤であるswiftとの接続や、Blockchain技術を利用した決済基盤であるXRPとの接続がすでに実現している。参考:Corda-Settlerの解説記事(英語)
Token-SDK
Corda上でトークンを発行するためのAPI、金融機関が設計に参加しているだけに、当局による参加や、債券デフォルトなどに対応するための機能が標準で用意されている。
Cash-Issuer
ステーブルコインをCorda上で発行するための機能。近い将来Token-SDKに取り込まれる予定
Liquidity savings
中銀発行通貨のPoC用に開発されたAPI
Finance
金融商品(割引債/CDS/FX option)などをスマートコントラクトとして実装するためのサンプル(Token-SDKと直接の関係は無い)
IOU
Cordaを学習する人なら誰もが通る(触る)サンプルコード。実用に供することは基本的に考えられていない。
Observer
Cordaが標準で持つ機能の一つ。トランザクションやスマートコントラクトの検証等は行わないが、すべてのトランザクションを見ることができるノード。当局監視を想定している。
Oracle
Corda外のデータを取り込み、そのデータの真正性を署名付きで提供するノード。例えばある時刻におけるドル円為替レートの提供などが想定される。
3.Token-SDKによって実現できること
この図はToken-SDKが実現することを説明する図である。この図にある顧客にとっての価値について、少し詳しく説明していこう。
新しい資本調達方法の提供
Token-SDKによって、既往金融資産のトークン化が可能になる。規制対応の簡素化、管理の自動化などを実現できる。又、基本的にトークンは分割/合体が自由に、ほぼゼロコストで実現できるため、これまで実現できなかった超少額の株式や、複数の証券を複雑に組み合わせる事によって実現される新しい構造の証券を発行することが可能である。また、発行プロセスが簡素化することにより、これまで大口投資家だけに限られていたオーダーメード証券の発行も容易になっていく。
マーケット拡大と規制の変化
トークン化によって少額取引が容易になり、カスタマイズされた証券発行も可能となる結果、新しい投資家層が流入する。これによって、証券の流動性が改善するのは勿論の事、マーケット自体も拡大する可能性が高い。
又、オブザーバーノードによる当局監視という新たなスキームは、当局の監視体制の変化をもたらす。さらには規制そのものの変化すらもたらす可能性があり、結果として新規参入者の流入や新しい種類のマーケットが生まれる可能性もある。
コスト削減
これまでの金融業界から見れば、スマートコントラクトの活用は圧倒的なコストダウンの可能性を秘めている。例えば株主名簿管理の自動化、自動配当、リコンサイル不要の決済などは、これまでの証券関連ビジネスのコスト構造を根底から変える可能性を秘めている。
ここまで、まずはToken-SDKをめぐる状況を確認してきた。
いわば外堀を埋めたといえる。
<ご質問・ご要望の例>
- Corda Portalの記事について質問したい
- ブロックチェーンを活用した新規事業を相談したい
- 企業でのブロックチェーン活用方法を教えて欲しい 等々
SBI R3 Japan エンジニアリング部長
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趣味:サッカー、ガンプラ、ドライブ、キャンプ