分散型金融を目指すトレンドがどのようなものか。その中でどのような課題があるかについて学ぶことができます。
2024年「ブロックチェーンビジネス・アドベントカレンダー企画」16日目の記事です。 関連企業の皆様にも記事を書いていただく予定ですので、是非お立ち寄りください!
はじめに
デジタルアセット市場は早いスピードで成長していくと言われています。日本におけるセキュリティトークン(ST)の一例をあげても直近4年程度で運用資産残高(AUM)は公募だけでも既に3,000億円を迫っております。数多くのステークホルダーが関わり、会社や国境を跨げばサイロ化されている現行の金融の仕組みが分散型台帳技術やブロックチェーン技術がベースとなって、相互に接続させ分散型金融を目指す取り組みが世界各地で行われています。
今後はより大きい規模で、より多種多様な投資家向けの商品がDLTベースで発行・流通・償還されていくと思われます。
また、グローバルで様々な商品が発行されていけば、どう決済を行うかも考える必要があります。実際、分散型台帳技術を活用した、ステーブルコイン(SC)、銀行預金トークン(デポジットトークン)、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を活用した、国境を跨いだ送金・決済をどう実現していくかがグローバルで多くの関係者間で議論されております。
本記事では、あまり普段この領域に馴染みのない方でも、分散型金融を目指すトレンドがどのようなものなのか、どんな課題があるのかについて、DTCC / Clearstream / Euroclearによって発表されたペーパー(2023年9月)を参照しながらご紹介していきたいと思います。
(出所)p.7 Relevance of On-chain Asset Tokenization in 'Crypto Winter'
デジタルアセットの概観
日本での取り組み
まずは、デジタルアセットの現在地についてみていきたいと思います。
日本では、パーミッションド型のブロックチェーン基盤を用いたProgmatやBoostryがメインプレイヤーとして、デジタルアセットの発行・管理基盤が提供されています。デジタルアセットを発行するのにあたって、発行体、信託銀行、証券会社、セカンダリーマーケット運営者等様々なプレイヤーが関わっています。現状のファクトデータとして、Progmat社によって公開されたデジタル証券(ST)市場概観(ファクトデータ図解)/ Security Token Market Dataが非常に参考になります。
ざっくりまとめると、発行スキームがきちんと整備された結果、不動産をメインとしたSTの案件が多く組成されていることが分かります。また、他のアセットクラスへの拡張に向けての検討もされています。その他、プライマリーのみならず、セカンダリーマーケットも今年創出され、今後流動性の向上も期待できると思われます。
また、日本ではステーブルコインの法整備も進み、ビジネスを展開する土俵が整ったこともあり、クロスボーダー決済やセカンダリーマーケットでのST決済などの用途で活用すべく、様々な業界関係者が検討を進めています。
海外での取り組み
一方、海外での取り組みとして、2024年今年3月に米国資産運用会社大手のBlackRockがトークン化専用ファンド「BlackRock・米ドル機関投資家向けデジタル流動性ファンド(BlackRock USD Institutional Digital Liquidity Fund:BUIDL)」を設立したことが大きなニュースとなりました。
こちらはパーミッションレス型のブロックチェーンを複数対応した形をとっており、パーミッションド型ブロックチェーン中心に展開されている日本とは異なる展開を見せております。
執筆している2024年12月13日現時点ではその規模は5.6億ドル(約850億円)になっています。
アセットクラスの観点では、マネーマーケットファンド(MMF)をトークン化する動きもあり、このようなトークン化されたアセットをステーブルコインを使って、マルチチェーンで売買する展開を見せています。
パーミッションレス型のブロックチェーンのみではなく、パーミッションド型の事例として、欧州の主要証券決済機関であるユーロクリア(Euroclear)は2023年10月に、トークン化証券発行サービスを開始することを発表したことも記憶に新しいです。このサービス分散台帳基盤Corda上構築されており、世界銀行の1億ユーロ(約160億円、1ユーロ160円換算)のデジタル債券発行がなされました。ユーロクリアに関しては、また記事を上げる予定なので、興味ある方はぜひご確認ください。
分散型金融が進んだ世界
分散型金融の世界とは
デジタルアセットの概観で見てきたように、「アセットクラスの種類」、「公募 or 私募」、「一般投資家向け or 機関投資家向け」、「パーミッションド型 or パーミッションレス型」、「決済方法の違い」等様々な要素がある中でそれぞれ「個性」を持って分散型台帳技術をベースとした分散型金融を目指す取り組みが行われていることが分かります。
分散型金融が進んだ世界では、金融市場の仕組みそのものが根本的に変わる可能性があります。従来の中央集権的な金融モデルから脱却し、相互に接続されたオープンなネットワークを通じて、資産の発行、取引、管理、決済が実現する未来が実現されます。それがどんな未来かというと:
「クロスボーダーで、シームレスに金融商品が発行、取引、管理、決済がされる世界」
筆者の気持ちとしては、分散型金融が進んだ世界について、簡潔にまとめて覚えてもらいたいので、まとめてみたのですが、やはりこれだと今までとどう違うのかが伝わりません。「クロスボーダーでシームレスに金融商品が発行、取引、管理、決済がされる」というビジョンは魅力的ですが、現状でもある程度実現されています。なので、やはり構造的にどう違うのかについてみてみる必要があります。
分散型金融は名の通り、ポイントは分散にあります。ただ単にバラバラになるというよりは、分散しつつ相互接続する金融といった方が正しいかもしれません。現在でも証券会社で金融商品を購入することはできるし、銀行に行けば他の銀行宛てに海外に送金できます。一見既に分散しつつ相互接続しているかのように見えますが、実はただ分散しているだけで、相互接続していません。
既存の金融の仕組み
証券会社は株式や債券などを売買するためのシステムを持っていますが、これらの証券取引は通常、各証券会社の内部システムで行われます。A証券会社で株を買う場合、取引はその証券会社のシステム内で完結します。しかし、もし他の証券会社で株を売ろうとする場合、A証券会社とB証券会社のシステムが直接つながっていないため、A証券会社で買った株をB証券会社で売るには、仲介業者が必要です。
銀行間の送金も、異なる金融機関間で行われるため、相互接続性に課題があります。特にクロスボーダーでの送金では、各国の規制や通貨の違いが障害となり、送金に時間やコストがかかります。直接接続していないため、複数のコルレス銀行を跨いで送金するのが一般的です。
一国に限ってみれば、金融機関間の相互接続は一定程度対応されてきており、そういう意味で、分散しつつ相互接続するのは一定程度達成できているとみても良いでしょう。一方、国境を跨ぐクロスボーダーのケースに関しては、なかなか程遠いです。金融はどの国にとっても、根幹となる産業で、基本的にはクローズドにしたい、守りたい力学が働くものです。そのため、一箇所に中央的なシステムを作るわけにもいかないので、やはり分散した形を取らざるを得ません。
既存金融システムとの分散型金融の構造的な違い
分散しつつ相互接続するためには、WYSIWIS(What you see is what I see)、つまり双方それぞれ同一の情報を確認できている必要があります。今までの延長線上ではなく、構造的な違いはこれに尽きると思います。お互いに信頼していない日本のA銀行にあるデータを海外のB銀行に送ったところで、本当にそのデータを信頼して良いのか、という問題に直面してしまいます。一方、分散型台帳技術によって、データの信頼性の問題が解決されれば、銀行同士信頼しあわなくても、少なくともデータを信頼することができので、金融商品やお金の表象としたデータをクロスボーダーでシームレスに送受信ができます。
分散型金融が進んだ世界
たくさんの仲介者を通して成立している現在の金融がWYSIWISの実現によって、分散しつつ相互接続され、様々な金融商品、お金を発行、取引、管理、決済される世界が訪れようとしています。
日本の不動産STが海外で売買され、海外で発行されたRWAトークンが日本の取引所でも売買され、DvP決済するのにステーブルコインや預金トークン、CBDCが使われる日が実現されるかもしれません。更に、資産(ST等)を貸したり、借りたりするのに付随して資金(ステーブルコイン等)を貸したり、借りたりするユースケースも生まれてくるかもしれません。
実現には様々な課題があるので、次の章でみていきたいと思います。
将来に向けた課題
このような分散型金融を実現するためにはどのような課題があるのでしょうか。WYSIWISによって、分散しつつ相互接続すると言うだけなら簡単ですが、グローバルの範囲にわたって、大規模で実現するには多くの課題があります。
ここでは、DTCC / Clearstream / Euroclearによって発表されたペーパー(2023年9月)を参照しながらご紹介していきたいと思います。分散型金融のグラウンドデザインの在り方を考える人たちがどのようなところに課題があるかについて垣間見ることができます。
分散型金融実現に向けた課題
DTCC / Clearstream / Euroclearによって発表されたペーパー(2023年9月)によると以下のような課題があるとされています。標準化、インターオペラビリティが課題となっています。
Reduced costs of connectivity and entry for existing and new market entrants.
Standardisation of processes across the digital asset lifecycle — and hence, reduced operating risk and costs.
Consistent operating standards for platforms, assets and smart contracts within a well-regulated framework.
Increased optionality and choice of platforms, facilitating connectivity through greater industry consensus on integration and standards.
Improved interoperability between traditional securities and payment infrastructures, supporting ongoing automation across the asset lifecycle.
以下日本語概訳
- 既存の市場参加者および新規参入者にとって、接続コストと参入コストの削減
- デジタル資産ライフサイクル全体でのプロセスの標準化 — これにより、運用リスクとコストを削減
- 十分に規制された枠組みの中で、プラットフォーム、アセット、スマートコントラクトの一貫した運用基準
- プラットフォームの選択肢を増やし、統合と標準化に関する業界のコンセンサスを高めることで接続性を促進
- 従来の証券インフラと決済インフラ間の相互運用性を向上させ、資産ライフサイクル全体の継続的な自動化を促進
将来に向けて業界にこのように呼びかけています。
Driving open, market feedback around the required characteristics of DLT networks, data access, privacy and smart contracts
Enabling greater interoperability across DLT protocols through the adoption of standards
Enhancing operational resilience
Accelerating production scale
以下日本語概訳
- DLTネットワーク、データアクセス、プライバシー、スマートコントラクトに求められる特性について、オープンな市場フィードバックを促進
- 標準規格の作成、DLTプロトコルの相互運用性の向上
- オペレーションの強靭性強化
- プロダクトのスケール化の加速
冒頭で日本の事例や海外の事例をご紹介しましたが、クロスボーダーでシームレスな接続に向けて、確かにあまり標準化の議論がされていないように思えます。それぞれ「個性」を持って進むのは良いことですが、更なるサイロ化が生まれるだけでは非常に勿体ないです。
分散型金融を実現していくためには、様々な課題はありますが、その中でも標準化は非常に大事です。分散しているからと言って、標準化が必要がないわけではありません。データフォーマットから法規制まで標準化は多岐に渡って必要であり、標準化することでより効率的に開発も進み、規模の拡大につながります。
標準化によって、インターオペラビリティも確保しやすくなり、分散型台帳基盤と既存システムとのインターオペラビリティ、分散型台帳基盤間のインターオペラビリティ等、様々な課題を解決していく必要があります。
これらの課題を解決するためには、業界全体でのコミュニケーションが不可欠です。特に、金融機関、規制当局、テクノロジープロバイダーなどの間での協力が必要です。標準化とインターオペラビリティは重要度は高いが優先度が低いとされがちな課題だからこそ、実現には多くの時間と労力がかかるからこそ、その重要性を理解し、早期に取り組むことが成功への鍵となるのではないかと思います。
おわりに
本記事では分散型金融を目指すトレンドについてご紹介の上、分散型金融のグラウンドデザインについて考える人たちが何を課題に感じているのかに関しても少し触れました。本記事で紹介している課題以外にも、実際はたくさん考える必要がある論点が多岐に渡って存在しているので、ご興味がある方は是非ご連絡いただければと思います。
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SBI R3 Japan ビジネス推進部
デジタルアセットのプロジェクトをしています。
パブリックチェーン大好きでした(今も)が、Cordaの魅力に惹かれました!