この記事はR3社のCTOであるリチャード氏によるブログ記事の翻訳&改訳になります。AI × ブロックチェーンを組み合わせると何が起きるのか、技術トレンドを学ぶことができると思いますので是非ご一読ください。オリジナルは、リチャード氏のこちらの記事(I INTEGRATED AI INTO A BLOCKCHAIN DIGITAL CURRENCY SOLUTION. HERE’S WHAT I LEARNED)になります。 一部のAIによる実験については、日本語で再構成しています。
前置き
技術系企業のCTOは、新技術がニュースになるたびに、必ず最初に尋ねられる人物です。「我々のプロダクトは、この素晴らしい画期的な新技術を使っていますか?もし使っていないなら、なぜでしょう??」CTOとしてのあなたの仕事は、なぜその新技術がミッションの邪魔になり、無視しても問題ないかを丁寧に説明することでしょう。しかし同士に、オープンであることも重要です。過剰宣伝としか思えないようなアイデアも、ときには価値がある場合もある。「ブロックチェーンと機械学習モデルの統合」は、もしかするとその完璧な例となるかもしれません。
そう、犬と猫は決して友達になれないようにブロックチェーンとAIは距離を置くべきでしょう。皆さんそう思っていませんか?
私も同じでした。『purpose bound money(PBM、利用制限資金※)』を検討するまでは。
※Purpose Bound Moneyとは、シンガポール中銀が提唱したプログラマブルマネーの一形態で、文字通り、資金使途にプログラム上で制限をかけたようなお金を指します。
決定論的なブロックチェーン、非決定論的なLLM。どうしたら仲良くなれるでしょう?
ブロックチェーンの本質はなんでしょう?それは決定論的であること(determinism)と確実性(certainty)にあります。
実際、私(リチャード)の会社が構築しているCordaのような「エンタープライズブロックチェーン(DLT)」の基本的な目的は、市場の参加者に「あなたが見ているものは私が見ているものである」(WYSIWIS)という揺るぎない保証を与えることにあります。
文字通り「私の帳簿と記録(ローン、貿易、そしてあらゆる取引)は、あなたのものと同一であることを私は知っている」であることがブロックチェーンにとって本質的に重要な価値なのです。
私のシステムがあなたのシステムと同期していれば、私たちは自信を持って取引を行い、確実な意思決定が可能になります。照合地獄、あるいは取引の破綻というこれまで繰り返された悲劇を避けることができるでしょう。しかし、ブロックチェーンがこのWYSIWISを約束できる理由は、市場参加者が「同じ決定論的背景」のもと、「同じデータ」に関して、「同じコード」を実行するからです。
同じ。同じ。同じ。すべてが同じ。不一致を殲滅し、乖離を排除していく・・・
同じ場所から始めて、全く同じことをすれば、同じ場所に行き着くでしょう。精密さ、決定性、再現性、厳格なルールが、エンタープライズブロックチェーン(DLT)の持つ本質なのです。
エンタープライズブロックチェーン(DLT)の世界は、現代の機械学習モデルが提示する世界から、これ以上無いほどに異なっているように見えます。ブロックチェーンは決定論的だが、AIモデルはそうではないでしょう。極論すれば、AIは幻覚を見ます。同じ質問をするたびに違う答えを出すでしょう。偏りがあり、不透明です。決定論的に、確実に、人と人とを完璧に同期させるという問題に、AIほど適していないテクノロジーはないでしょう。
『Hello World』ができない最先端AI・・・
下のスクリーンショットを見てください。ChatGPTに同じ質問を2回してみました。
(訳注:ここは、日本語を用いた独自の結果です。)
AIがこのような結果を出すことについては、当然の理由があることも指摘しておきましょう。
現実世界におけるほとんどすべての問題には多くの正解の可能性があるのが当然です。もし、ChatGPTが常に1つしか選ばないとしたら、それはとても退屈なシステムとなるでしょう。だからこそ、AIは、可能性の全範囲を探ることができるようにランダム性を本質的に内包しています。
この仕組みの上で、結果を確実に再生・再現できるシステムを構築しようとすることを想像できるでしょうか?決定論的であるべきブロックチェーンの世界に持ち込むことは?しかし興味はある。だからこそ、私(リチャード)は懐疑的でありつつも、オープンでいようと思ったのです。
“Purpose Bound Money” を実現するには
そんなある日、私(リチャード)はとあるCBDCプロジェクトについて助言を求められました。その顧客は、『条件付き送金』を検討したいと考えていました。例えば、『デジタル食券』のようなものです。社会的弱者がその子供に、食料品にしか使えない小遣いを渡すことを考えてみてください。
このようなプロジェクトの多くはブロックチェーン上に構築されます。中央銀行、商業銀行、小売業者など、さまざまな関係者の間でデータを同期させる必要があります。また、セキュリティ要件という観点でもDLTが適していると思います。
『条件付き送金』の問題をとりあえず考えてみると、ブロックチェーンのもつ決定論的なアプローチが適しているように見えます。ある日の購入に「イエス」と言い、翌日の同じ購入に「ノー」と言うようなシステムであってはならな行ことは明白であるように思います。
しかし......私たちは、そんなニュアンスを完全に把握できるのでしょうか?
一体どうやってそんなことをプログラムしますか?どんな人間があらゆる種類の買い物を列挙できるのでしょう?子どもがスニッカーズを1本買うのはいいが、10本は多すぎるだろう、という考えを本当にコード化できるでしょうか?システムはブロッコリーが野菜であることを知っているでしょうが、小売業者がそれをbrocolliと綴りを間違えていたらどうなるのでしょう?
決定論的システムは、この種のものとしては絶望的でしょう。しかし、LLMは得意かもしれない。試してみました。
(以下は、訳者が独自に試したものです。又、都合によりChat-GPTではなく、Claude3で実施しています。)
今回訳者が用意したプロンプトは以下のとおりです。
さて、うまくいくでしょうか?
以下がいくつかの例になります。(別に闇金ウシジマくんを悪く言うつもりはありませんが・・・)
これを見ると、お菓子の買いすぎを防ぐことも、はらぺこアオムシのことも、ちゃんとわかってくれているようです。 個人的にはもっといろいろ入れてみましたが、流石にはばかられるので省略します。ぜひ皆さんもご自身の手でやってみてください。
(独自実施はここまでになります。以下、リチャード氏のブログ翻訳に戻ります。)
さて、ブロックチェーンとAIは完璧な組み合わせになるだろうと言いたくもなりますが......人生はそんなに単純ではないでしょう。
決定論的であることはやはり、必要です。
うまく組み合わせられそうですが、やはり、我々は、ブロックチェーンの本質である「決定性」をどう確保するかという点に再び戻ってくることになります。全ての当事者が同じ結論に達しなければいけないのです。スーパーマーケットでスニッカーズはOKと思ったとしても、銀行はNGだというのでは意味がないことは明らかでしょう。
一貫した答えを出す仕組みがやはり必要です。そして、これまでに見てきた通り、一貫した回答は今のところAIが設計上行っていないことです。すでに学んだとおり、LLMに同じ質問を2回すれば、違う答えが返ってくるかもしれません。では、ブロックチェーンが強制する決定が正しいかどうかをどのように検証すればよいでしょう?そのような検証が余りに困難だとして、少なくとも訓練され、適切に管理されたLLMによるものであるかどうかをどのように検証すればよいでしょうか?
AIに暗号技術を取り込むことが答えになりうると考えています。特に次の2つのアイディアが有用だと思います。
第一に、人工知能に質問を送る際に、回答に対してデジタル署名をつけて回答させるという方法があります。こうすることで、その答えがどこから来たのかを証明することができます。もしスーパーマーケットの示す「OK」が(署名付きの)正当なLLMから得られたものだと証明できれば、銀行は自ら同じ質問をLLMに投げる必要がなくなります。
第二に、非決定性の根本的な原因に立ち戻るという方法があります。ランダム性に真正面から対処することで、質問を確実に再実行することも可能です。そのためには、モデルが質問に答えたときに、どのような非決定性の源に依存していたかを教えてくれる必要があります。暗号用語で言えば、入力に対して「コミット」する必要があります。もしこのような仕組みがあれば、質問を再実行して同じ答えを得ることができます。OpenAIは、我々が必要とするものの一部をすでに提供しています。例えば、下のスクリーンショットでは、モデルが変更されたことを検出することができています。
結論
ブロックチェーンとAIは、暗号学的な洞察力を駆使することで、共存することができそうです。
オリジナル記事の執筆者:Richard Gendal Brown(Chief Technology Officer at R3 inc)
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SBI R3 Japan エンジニアリング部長
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趣味:サッカー、ガンプラ、ドライブ、キャンプ